愛する人の自死を通して〜私は生きる〜

父の自死を通して見つめた人生、命、生きる、死ぬ、の探求

【喪失体験による7段階の悲哀のプロセス】あなたのつらさ、苦悩、自責、虚無感の抱擁こそが、あの人への「愛」 

自分より大切な人を自殺で失うということ

自分より大きな存在であった人を自殺で失うということ

かけがえのない人を自殺で失うということ

自分の分身のような人を自殺で失うということ

 

体の一部が、半分が、いえ、魂そのものが失くなってしまった感覚

海の底にどんどん沈み、光が遠のき、体は重くなり、生きるという意識すら失い、底の見えない闇に吸い込まれていくような感覚

 

色も匂いもないまるで灰色の世界

感覚がない

しかし一方、音や光、ひそひそ声、その他なにかに対する感覚だけは異様に過敏になっていたりもする

 

感情はまるで嵐

 

大切な存在を喪失すると以下のような7段階の悲哀のプロセスを辿ります。

①初期 ・ パニ ック ( シ ョ ック、 否認 な ど)

②第 I 期 ・ 苦悶 (悲 し み、 絶望 な ど)

③第 II 期 ・ 抑うつ

④第 Ⅲ期 ・ 無気力

⑤現実直視

⑥見直し (意味の探求、 希望など)

⑦自立 ・ 立ち直り

 

これは生前少しお世話になっていた故・平山正巳精神科医が提唱していたものです。

そしてこれはあくまで一つの例で、誰もがこの順番を段階的に踏むわけではありません。

 

 「否認」と「絶望感」の間に「怒 り 」を生じたりもし、何度も往復したり、相互に影響し、同時に現れ、繰り返したりもします。

 

しかしおおよそ自分が今どの段階なのか客観的に知っていることは、心の安定に大きく影響します。

 

またここで問題なのが、なにを持って自立であり、立ち直りであり、回復なのかは明確ではありません。

そもそもその回復や立ち直りが必要なのかも私は懐疑的です。

 

痛みやつらさや苦しさは、逝ってしまった人への「愛」です。

「愛」が故に苦悩が深いのです。

 

強いて回復を定義するならば、「辛苦の抱擁」が出来たときだと私は解釈します。

喪失体験からの深く長く続く辛苦は、愛です。

辛苦を消すことなんて出来ません。

する必要もありません。

 

必要なのは抱擁して生きるということ。

大事に抱擁してあげて。

消そう、紛らわそうだなんてしなくていい。