読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

悲しみは海より碧く、深く〜suicide story〜

父の自死。私の人生。新たな命。苦悩、喜び、葛藤、そして生きるということ、死ぬということ。

コンビニ人間

2016年、第155回芥川賞を受賞した「コンビニ人間」著村田沙耶香

遅まきながら、読んでみました。

 

小さい頃から人と違う感性を持ち、それを出してしまうと周りから異物として見られてしまう女性の話し。

 

小学生のとき、喧嘩していたクラスメイトを「誰か止めて!」という声で、喧嘩した一人の頭を後ろからスコップで殴りつける。

「だって止めろって言うから止めたのに…。なにがいけないの?」

 

公園で小鳥が死んでいた、友だちたちがかわいいそうと悲しみお墓を作ってあげようと話している時、主人公はその鳥手に持ち、公園で座っていた母親とのところに行き、

「これ美味しそうだから、焼いてお父さんにあげよう」

と提案する。

 

母親はぎょっとす。「鳥さん、かわいそうでしょ?みんなとお墓作ってあげれば?」

 

「焼いたら美味しのになぁ…」

そしてお墓を作って、花をむしり取ってその花の死骸をお墓に備えている光景のほうが奇妙に見えた。

 

他者から世間では当たり前という価値観と葛藤し、自分を押し殺しながら生きていた主人公がコンビニというバイトで、やっと社会の歯車の一つになれたと実感する。

 

制服を着て、コンビニの店員を演じることでやっと社会に認められる。

しかしそれも十数年も働いていると、また変わった人と見られてしまう。

就職、恋愛、結婚。

周りは価値観を押し付けてくる。

 

主人公は、ある男と同棲しはじめる。

そして主人公は他者を通して自分を再認識し始める。

 

 

主人公が強い違和感を持ってどう生きていくという話し。

少しサイコパス的な印象が強い主人公。

 

誰もがある種の自分自身を押し殺しながら生きています。

そして無言の圧力の価値観を強いられます。

 

社会の歯車になることを望まない人が多くいる一方、

社会の歯車になれないと嘆く人も大勢います。

 

社会の歯車になれるということは、ある意味その社会では認められ活かされ、生きていくことが堂々と許される世界なのかもしれません。

それがコンビニ店員であっても何の問題もないはず。

 

私も、社会の歯車になりたくない、と思う一方、

でも社会の構成員は社会の歯車であり、

構成員から除外されがちなマイノリティではあまりにも生きづらく。

 

かといってもうマジョリティには戻るすべはなく…。

 

きっと死んだときだけが人が全て平等になるときだと思った次第です。