悲しみは海より碧く、深く〜suicide story〜

父の自死。私の人生。新たな命。苦悩、喜び、葛藤、そして生きるということ、死ぬということ。

今更感がありますが 清水富美加の出家について思うこと。

もうだいぶ下火になりましたが、先日までゴシップメディアを賑わわせた「清水富美加 出家問題」。

headlines.yahoo.co.jp

 

 

芸能ニュースに果敢に飛びついていこうという気は微塵もありませんが、

この出家騒動には少し思うところがあるので、ブログで取り上げます。

 

そもそもこの出家騒動の大きな問題は、清水富美加さんが突如出家し芸能界を引退すると宣言したことです。

 

正式には芸能界を引退するのではなく、出家先の幸福の科学のもとで芸能界をするということです。

 

余りに突然だったので、映画やテレビ番組などの仕事関係に大きなダメージを与えてしまいました。

主演の映画公開や撮影中の映画もあり、関係各所てんやわんやとのことです。

 

一人で芸能活動をしているわけではなく、所属事務所はじめ、共演者やスポンサーなど大勢で協力してい一つの番組や作品を作り上げるので、会社の一つの歯車とは違い、その本人にしかできない仕事を放棄するのですからその責任は余りに重大です。

 

一説には1億円以上の違約金を請求させるのではという情報も出ています。

 

さて、ここまでがゴシップネタですが、果たして彼女の選択はどうだったのでしょうか。

 

もし彼女が本当に追い詰められながら仕事をしていたのなら、そして真摯に相談できる事務所関係の人もおらず、それに相反し人気がうなぎのぼりで仕事が次々舞い込んできて、契約期間のその先にも実質どんどん仕事が舞い込んできて二重にも三重にも仕事が重なったきていたなら、彼女自身が適切な辞めるタイミングを見極めるのは相当困難だったと思います。

 

心身消耗状態で仕事が次々と舞い込んできたらもう逃げるしか方法はないのではないでしょうか。

きっとよりベターな選択肢はあったかもしれませんが、ベストなタイミングなどは存在しなかったかのではないでしょうか。

 

そうやって逃げられない人が、最後は死ぬしかないという道を選んでしまうのが現代社会です。

学校でのいじめ、仕事先でのパワハラや労務違反など、閉鎖的な村社会の日本では、一度その村に入ると簡単には出てこれません。また出ることを悪とします。

 

この閉鎖的な村社会、全体主義の日本で追いつめられた時、命以外の何もかもをかなぐり捨て逃げないといけない場合は往々にしてあります。そうでなければ命をかなぐり捨ててしまうのです。

 

宗教の自由は憲法で保障されているので、彼女が逃げの場所を宗教にしたのは誰も責めることはできません。

しかし彼女の両親が信者で生まれたときから信者だった彼女が、本当に彼女の意思で選んで宗教の道を選べたのか。様々な世界や考え方、宗教観を持ち多角的に判断できたかは疑問です。

もし幼少期から、信仰に背いたら罰があるなど埋め込まれていたら、もはや悪質な洗脳です。しかし宗教とは得てしてそういった側面を持っています。

 

私の知り合いでも片方の宗教のため婚約破断した人もいました。

あなたは入信しなくても最悪仕方がないけど、子供は絶対に入信させるなどと逝ったことが問題でした。

 

宗教とは相手の、個人の信仰を認めない部分を大なり小なり持っています。

信じないものは救われない。とても排他的なのです。そうでないものもありますが…、結局は…。

 

また幸福の科学はカルト宗教としての要素も色濃く出いています。

フランスで採択された報告書『フランスにおけるセクト』は、「通常の宗教か、セクト(破壊的カルト宗教)か」を判定する国際的な指針の一つとされています。
この中で、以下のように「セクト構成要件の10項目」を列挙しています。

1.精神の不安定化 (洗脳、マインドコントロール
2.法外な金銭的要求 (多額の寄付金要求)
3.住み慣れた生活環境からの断絶 (監禁、出家など)
4.肉体的保全の損傷 (暴力:精神的暴力も含む)
5.子供の囲い込み (子供の洗脳教育)
6.反社会的な言説
7.公秩序の攪乱
8.裁判沙汰の多さ
9.従来の経済回路からの逸脱
10.公権力への浸透の試み

以上の項目のいずれかにあてはまる団体を、セクトとみなしています。

創価学会は、10項目すべてに該当し、しかも、フランスだけではなく、ドイツ、チリ、ベルギー、オーストリア、アメリカ(議会下院)といった国々でもセクト指定されています。

引用:新興宗教を斬る ~政治と宗教の闇~

 

以下の記事では実際の宗教家に幸福の科学とはについて取材し大変興味深い記事になっています。

rocketnews24.com

 

 

また、彼女が生まれながらに、信者である両親に入信させられ赤子のときから洗脳させられているのはフェアではないという考えには深く同調します。

しかし、ではこの日本社会はどうでしょうか。

 

たしかにネットは普及し様々な情報を統制されることなく取捨選択できるので、一般人は洗脳されていないと思うかもしれません。フラットでさまざまなものの見方をできると思われているかもしれません。

 

しかしそれは本当でしょうか。

果たして本当に日本人はフラットでしょうか。

村社会、全体主義

この国の学校教育、24時間戦う企業戦士を作るための教育、隠蔽と自己保身の公務員、利権と既得権益だけの官僚機構。

だれもが疑問に思うのに、子供には日本の教育制度の中で受験をさせ未だに日本だけにしか通用しない高学歴を追い求め、子供に就かせたい職業、また成りたい職業上位には常に日本人が忌み嫌う公務員という矛盾。

 

安定している既得権益側に回ってしまえばいいと言う浅はかでさもしい思考。

 

普通の家の親でもすでに日本文化の洗脳を受けており、フラットな考えなど持ち合わせていない人が大部分なのではないでしょうか。

それを子供が受け継ぎ、とにかく大手に就職することが人生の安泰だ、成功だと。

そして見事な奴隷になり、ときには過酷な労働に耐えられず命を絶ち、ときには大手企業にも関わらず、そして社員従業員にはコンプライアンス遵守を押し付けている中、隠蔽・粉飾・偽装で巨額な損失を出したり信頼を失い倒産危機に晒されたりと。

 

それでもなお受験は加熱し、いい大学に進み大手企業に入ることが勝ち組の道となっています。はるか昔からこの国の価値観は微塵もアップデートされないのです。

 

話がだいぶそれてしまいました。

 

清水富美加さんが逃げたことはある意味で仕方がなかったのかもしれませんし、それを第三者が責めることはできませんが、関係者はそれで被った被害は賠償すればいいでしょう。

 

微塵もなくった彼女の信用はまた彼女自身が取り戻していけばいいのです。

しかし出家後、すぐに本を出版し、彼女の擁護派は見事に撃沈してしまいました。

 

私も同じです。

結局宗教側に利用されているだけなのかもしれませんが。

 

生きるって本当に複雑です。

生きるとは哲学です。