読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

悲しみは海より碧く、深く〜suicide story〜

父の自死。私の人生。新たな命。苦悩、喜び、葛藤、そして生きるということ、死ぬということ。

自死遺族を盾にするさもしい人間、それはわたし さもしいわたしへの戒め「病者の祈り」、「つもり違い10ヶ条」、「自分の感受性くらい」

病者の祈り ~ニューヨーク・リハビリテーション研究所の壁に書かれた一患者の詩~

大事を成そうとして 力を与えてほしいと神に求めたのに

慎み深く従順であるようにと 弱さを授かった

 

より偉大なことができるように 健康を求めたのに

よりよきことができるようにと 病弱を与えられた

 

幸せになろうとして 富を求めたのに

賢明であるようにと 貧困を授かった

 

世の人々の賞賛を得ようとして 権力を求めたのに

神の前にひざまずくようにと 弱さを授かった

 

人生を享楽しようと あらゆるものを求めたのに

あらゆるものを喜べるようにと 生命を授かった

 

求めたものは一つとして与えられなかったが

願いはすべて聞き届けられた

 

神の意にそわぬ者であるにもかかわらず

心の中の言い表せない祈りは すべてかなえられた

 

私はあらゆる人々の中で 最も豊かに祝福されたのだ

 

A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED

I asked God for strength, that I might achieve

I was made weak, that I might learn humbly to obey...

 

I asked for health, that I might do greater things

I was given infirmity, that I might do better things...

 

I asked for riches, that I might be happy

I was given poverty, that I might be wise...

 

I asked for power, that I might have the praise of men

I was given weakness, that I might feel the need of God...

 

I asked for all things, that I might enjoy life

I was given life, that I might enjoy all things...

 

I got nothing that I asked for --

but everything I had hoped for Almost despite myself,

my unspoken prayers were answered.

I am among all men, most richly blessed!

実際のニューヨークにあるリハビリテーションに見に行った人が下記のブログに壁に貼ってある詩の写真をアップしています。

A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFEREDi•aŽÒ‚Ì‹F‚èj

 

私たちはいつも何かに期待し、求め、気づかぬうちに強欲になっています。

 

修験道となっている霊峰高尾山には「つもり違い10ヶ条」というものがあります。

 

その一、高いつもりで 低いのは 教養 

その二、低いつもりで 高いのは 気位 

その三、深いつもりで 浅いのは 知識 

その四 浅いつもりで 深いのは 欲の皮 

その五、厚いつもりで 薄いのは 人情 

その六、薄いつもりで 厚いのは 面の皮 

その七、強いつもりで 弱いのは 根性 

その八、弱いつもりで 強いのは 我 

その九、多いつもりで 少いのは 分別 

その十、少いつもりで 多いのは 無駄

 

自死遺族となり、何かのせいにしたり、何かを恨んだり、何かを諦めてばかりいたり。 そして「自死遺族だから…」と言い訳をする自分。

結局それすらも傲慢なのかもしれない。

 

そしてそれを知らしめてくれる詩が次の詩です。

自分の感受性くらい

ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな

みずから水やりを怠っておいて

 

気難しくなってきたのを 友人のせいにはするな

しなやかさを失ったのはどちらなのか

 

苛立つのを 近親のせいにはするな

なにもかも下手だったのはわたくし

 

初心消えかかるのを 暮らしのせいにはするな

そもそもが ひよわな志しにすぎなかった

 

駄目なことの一切を 時代のせいにはするな

わずかに光る尊厳の放棄

 

自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ

 

自分の感受性も自分で守れないのに…。

わずかに光る尊厳の放棄…。人生をもう残り物だと思ってしまっていた自分への戒め。

自死遺族だからじゃない。

みずからを怠っているから、世界が灰色なんだ。

 

自死遺族だからじゃない。

そもそもがひ弱だった。

 

自死遺族だからじゃない。

自死遺族だからじゃない。

 

わずかに光る尊厳の放棄、それは自死遺族だからじゃない。

自死遺族という言葉を、あたかも正当に自分の逃げ道と使うのはあまりに卑怯でさもしかった。

逃げてもいい。どんどん逃げてもいい。

でもその方便を「自死遺族」はやめよう。

 

わずかに光る尊厳を放棄しないために。

 

自分の感受性くらい自分で守れ ばかものよ