悲しみは海より碧く、深く〜suicide story〜

父の自死。私の人生。新たな命。苦悩、喜び、葛藤、そして生きるということ、死ぬということ。

自死遺族が抱く死者への「怒り」

自死遺族が他の遺族と決定的に違うことに「怒り」があります。

自死遺族といいましたが、正確には「多くの自死遺族は」が正しいです。

 

その怒りとは、亡くなった人へ向けられたものです。

通常こういった感情を死んだ当事者に向けることはありません。

 

生前の行いに対してではありません。

遺書がとか、実は借金がとか、犯罪を犯していたとか。

 

死んだそのものの行為について怒りが湧くのです。

 

必死に支えていたなら「なんでそんな判断を」

知らなかったなら「なんで一言も相談を」

「なぜ!?」「どうして!?」

永遠に答えの出ない問いが、永遠とループします。

 

なんでそんな勝手は判断を、なんでそんな自分だけの判断を、

なんで勝手に一人だけ、なんで当然に逝ってしまったの

数え切れない「なんで」とととも悲しみや自責の念、後悔と同じくして強い怒りも湧くのです。

 

私は結婚して1ヶ月も経たないうちの出来事でした。

新婚生活も打ち壊され、当然結婚したという幸せの年賀状も送ることなく、

出来上がってくる写真を見ることもできず、DVDに焼かれた映像も流されることなくどこかの奥にしまわれたままなのです。

 

私には結婚したという出来事そのものが一瞬で吹き飛び、思い出は涙に洗い流されてしまいました。

でも、そんなことに「怒り」があるわけではありません。

 

結婚式で出す食事を、妻と妻のお母さん、そして私で試食会で食べていたときに、母からの電話で「おとうさんが未遂した」という知らせで、試食会を投げ出し、お義母さんがお手洗いで席を外しているときで、挨拶もできず式場を後にし実家に飛んでいったこともありました。

未遂なんて初めてで、天国からまさに地獄に突き落とされました。

 

職場まで20分程度だった家から、メンタル不調の父のそばにいようと、実家近くに引っ越し職場まで2時間30分もかかるようになりました。(後々この通勤時間が私を大いに苦しめることになりました)

 

なるべく実家に顔を出すようにし、父と飲みに行ったり食事したりする機会も増やしました。

 

それなのに…。

 

 自己犠牲していたから自分の努力が報われてほしかった?

いや、ただただあんなにもそばにいて、これからどんなことがあっても支えていこうと思っていた矢先に…。

 

あなたにとって、子供はあなたを抑止するなんの力もなかったんだなと無力感に襲われ、裏切られたと感じ、そして言い尽くせないほどの思いが怒りとなって現れました。

 

今でも決して許せません。

最期に苦しんで苦しんで、そして死ぬことに希望を見出し逝ってしまった父。

そんな父を今も許せていない私は、なんてさもしい人間なのでしょう。