読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

悲しみは海より碧く、深く〜suicide story〜

父の自死。私の人生。新たな命。苦悩、喜び、葛藤、そして生きるということ、死ぬということ。

宇多田ヒカルだけじゃない 自死遺族の芸能人を見て思うこと 

華やかな芸能人。

地位も名誉もお金も全て手に入れているように感じてしまうの。

 

でもこれはテレビを通して作られた虚像。

少なくない芸能人はこの作り上げられた自分と、本来の自分の乖離で苦しんでいるんだろうと推察できます。

 

だからさまざまな解散や活動休止、引退があるのだと思います。

 

彼らはテレビに出ている以上、スポンサーの影響を多大に受けます。

企業イメージを損なう企画、表現、芸能人のイメージはご法度です。

 

だから浮気など犯罪でないものでも再びテレビで活躍することは至難の業です。

モラルやイメージが全ての商売です。モラルは自己を律し、イメージは作り上げるもの。

 

だから芸能人はたとえ自死遺族でも、たとえ芸能ニュースで大勢が知っている既知の情報でも、そのことに言及することはとても難しいはずです。

 

当然プライベートなことなので言及する必要もありません。しかし逆に自死遺族の会にひそかに参加したり、誰かに話したくなってもその機会が芸能人のため失われてしまうこともあるでしょう。

 

しかも彼らは、オープンにしていないのに関係ないその他大勢の第三者が知っています。耐え難いはずです。

 

しかし彼らは芸能人。発信力は誰よりもあるはず。

何かを発信・表現したくて芸能人になったはず。

それが美貌なのか演技なのか、声や歌なのか。

 

宇多田ヒカルみたいにメッセージを出し、さらにそれを歌で表現し歌い上げる彼女は本当に凄い。誰もができることじゃない。

 

でも少なからず彼女に励まさらた人もいるはず。私もその一人。

芸能人だからって自死遺族であることを公で語る義務は全くないけれど、何らかのメッセージを世に出せば、救われる人も多いんじゃないかな。

 

後藤真希、キンタローも母親。

俳優の瑛太父親、元SPEEDの多香子は旦那さん。

キンタロー以外はみんな芸能界で活躍をしているときですね。

民進党の前原議員も中学生のときに父親を自殺で亡くしています。

 

みんな頑張って生きているなぁと自分の駄目さに辟易してしまいます。

同じように落ちることなんかあるんだろうか?などと芸能人を特別視するのは良くないですね。

 

必死に頑張って、乗り越えるものではないけれど乗り越えようと、共に抱えて生きていこうとしているはず。

 

彼ら彼女らの頑張りを励みに、私も生きます。

あの人の分まで、というのは少しばかり重いから、あの人の半分くらいの分は背負って生きていきます。