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悲しみは海より碧く、深く〜suicide story〜

父の自死。私の人生。新たな命。苦悩、喜び、葛藤、そして生きるということ、死ぬということ。

自死遺族

自殺で家族を亡くした人のこと。

基本的には恋人や友人などは当てはまらない。

 

この定義づけは何故必要なのか。

それは自死遺族の会・集いに関係があります。

基本はクローズドな会が殆どです。クローズドな会とは家族を自殺で亡くした人だけしか参加できないというルールです。

 

それはスタッフも含めです。私も以前自死遺族の自助グループの立ち上げに関わったことがあります。

 

スタッフとなる自死遺族も、自死遺族とは、どういう接し方をしなければいけないのか、するとしての留意点など研修で学びました。

 

また全国自死遺族連絡会の全国のから集まるシンポジウムにも参加したりしました。

 

自死遺族はとても不安定です。とても強い衝激を体験したので当然といえば当然です。

 

しかしその不安定さが攻撃的にさせることは少なくありません。また精神的病気の影響、又精神薬を服用しているための不安定さも同時に有ります。

 

誰も誰かを傷つけようと意図しているわけではないのに、傷つけ合うことも珍しく有りません。

 

そんなクローズドな会に、嘘をついて忍び込んでくる輩もいたりします。

 

特に多いのが、宗教関連、マスコミ関連です。

理由は簡単に想像がつくはずです。

 

またクローズドでなく、行政や医療関係者が入っていることもあります。

 

究極的には自死遺族のことは自死遺族にしかわかりません。あの地獄の体験。想像を絶するほどの日々の苦痛。

 

しかし自死遺族も千差万別です。子供、親、配偶者、姉妹兄弟、祖父母、従兄弟など失った対象はさまざまです。

 

その距離感、関係生によって受ける影響も全く違います。身内から殺人者呼ばわりされることすらあります。

 

支え合っている親族もいます。一人と感じている人もいます。

 

自殺の訃報を聞いた人、現場を目撃した人でもそのあとの心的外傷は変わります。家族間でもその捉え方は変わります。

 

私も、私自身、私の妻、私の妹、母、祖母、叔父叔母でみんな父に対してのその後の捉え方は全く違います。

 

母とは、絶縁とはいきませんが、近い状態です。再婚をして新たな人生を歩みだしていますが、それに強く反対というわけではありませんが、いくつか許せない点がありました。

 

妹は何かひょうひょうとしていて…。「お前はあの惨劇の現場を見てないからだよ…」と感じてしまうこともあります。

 

長男、長子として色々なことに追われているときも、妹は勝手気儘でした。仕事を辞め、海外に数年も留学もしていました。

 

しかしその裏で妹も深く傷つき一人涙していたとのちに話を聞いたときに、彼女の苦しみも少し理解できました。

 

父の兄弟、私にとっての叔父からは人殺し扱いされ、祖母も何故誰も助けなかったのだと打ちひしがれていました。

 

あー、ちょっと思い出すときついので、我が家庭内のことはまた今度にします。

 

つまり自死遺族によっても、同じ家族内でも、みんな違うのです。

 

自死遺族だからといって簡単に分かり合えることは決してありません。確かに同じような体験を共有しているので近い存在のような気がししますし、実際、自死遺族の分かち合いはそういった体験の共有、体験の吐露で心のグリーフケアを進めます。

 

しかしお互いの近づきすぎにはある程度注意しなければなりません。

 

今回はまとまらないのでここでぶつ切りにさせてください。