悲しみは海より碧く、深く〜suicide story〜

父の自死。私の人生。新たな命。苦悩、喜び、葛藤、そして生きるということ、死ぬということ。

いじめ

いじめで命を自ら絶つ子供たち。

とてもつらい。

 

死ぬくらいならやり返せ

死ぬくらいなら学校やめろ

死ぬくらいなら親に言え

 

こんな言葉が踊ります。

そして中には、「私はそうやってやり返した。そしていじめられなくなった。だから死ぬくらいならやり返せ!」というものもあります。

 

自分ができたんだから、お前もやれ!

 

結局こういう自分がたまたま起こした行動がたまたまいい方向に働いただけのことを、自分の行動は確信的で間違いのないものだった。だから同じようにやればいいんだ。そうすれば打開できるんだ。やらないお前が悪い!

 

といった言説には強い違和感と不快感を感じます。

 

世の中はそうやってたまたまうまくいったことを、これこそが正しい道だと他人に強要する人がとても多くいます。

 

電通過労自殺も、結局そうやってこの会社は悪しき慣習を引きずり、継承していったのでしょう。

 

そして周りも疑問を感じても、そういう社会だから、嫌なら違うところへ行けばいい、と自己暗示をかけ、「その場で咲きなさい」的な非常に危うい環境に身を置き続け、そして思考回路が麻痺し、心身ともにボロボロになってしまいます。

 

自殺の場合は大抵このパターンです。理不尽な環境から逃げようという思考回路が麻痺しているのです。他にも世界は広がり、学校や会社をやめても人生にはそれでもなお埃程度でも希望は舞っています。

 

心身がボロボロになると視野狭窄になり、思考停止になってしまいます。

 

自殺した彼ら彼女らには、「死」というのが唯一光っていた未来なのかもしれません。

 

彼ら彼女らの選択を容易に批判するのではなく、その背景にまで考えを至らせることが共生社会ではないでしょうか。

 

話がそれましたが、自分もアメリカから帰ってきたとき、日本語が話せなくなっており、また当時は帰国子女は珍しく、めっぽういじめられました。

 

靴に画鋲や雪、学校の道具の紛失、かぶっている帽子を民家の庭に放り込まれる、無視など散々でした。

 

しかも言葉がわからない状況でのいじめ。みんなの笑い声がただただ自分のことを嘲笑している笑いにしか聞こえませんでした。

 

親は共働きで帰宅は夜遅く。ご飯は日本人の家政婦さん。教師とは会話できない。

 

逃げるすべはありませんでした。そして学校を休むという概念もなく、ただただいじめられに学校に行ってました。

 

勉強もわからない。地獄のような日々でした。