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悲しみは海より碧く、深く〜suicide story〜

父の自死。私の人生。新たな命。苦悩、喜び、葛藤、そして生きるということ、死ぬということ。

人が死ぬことは問答無用につらい 日本の排他主義社会では順番通りの死でなければ…

人は誰でも死にます。

事故や急な病気以外では、年を召した人から順番に亡くなります。

 

ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃん

おじいちゃん、おばあちゃん

お父さん、お母さん

 

2016年の日本の平均寿命は男性が80.79歳、女性が87.05歳です。

出産の全国平均年齢は30.4歳です。

 

祖父祖母が亡くなるときは、(人口動向は若干無視)、孫は20歳くらい。

お父さんが亡くなるときは子供は50歳、お母さんが亡くなるときは子供は57歳です。

 

20歳前後で初めて優しくて大好きだった祖父母の死を経験し、

大人になり、結婚し、出産し(平均出産人数約1.4人)、自分の子供が成人するくらいに、自分の親が亡くなる。

 

これが日本の平均です。

そしてこの通り順番に亡くなっていったとしても家族が亡くなることはつらいことです。

 

そしてこれはあくまで平均です。

当然この通りにならない人は大勢います。

 

子供が親より先に死ぬのは、その悲しさ、無念さの最たる象徴でしょう。

家庭内での事故、交通事故、病気。

幼児で亡くなる場合も、小学生や中高生。成人を迎えたり、結婚して家庭を持ったり。

親にとっては子供はいくつになっても子供です。

たとえ40歳だろうが、50歳だろうが、親にとっては子供です。

そして親からしてみれな、当然自分のほうが先に死ぬと思うのは自然なことです。

 

一方、幼くして親を亡くしてしまう子供もいます。

headlines.yahoo.co.jp

 

親が先になるなるのが順番であっても、親に甘えたい盛りの子供にとってはあまりに酷すぎます。

これから反抗期になり、親を疎ましく思い、口論したり喧嘩したり。

成人して、就職して、結婚して、子供を産んで。

その過程で親のありがたみを知り、感謝し、また家族が再構築されていく。

成人式でも、就職でも、結婚、出産でも、親がいるところがほとんど。

たとえ幸せに歩んで行けても節目節目で親がいないという事実が突きつけられます。

それは結婚して家庭を築いても、ついて回ります。

 

「あのときは本当に後追いをするくらいつらくて、その後の人生も困難ばかりで…。でも産んでくれて、ありがとう」

 

なんて綺麗事だけではきっとは私なら思えないでしょう。

今でも子供が大好きだった父に、自分の子供を見せてあげられなかったことがつらく苦しく、子供の七五三や入園式、誕生日などさまざまなイベントのときに、子供の成長の喜びとともに、胸が締め付けられる思いがします。

またまわりと比べるつもりはなくても、家族のイベントで「おじいちゃんが…」って話を聞くと苦しくなります。

 

「家族を持てただけでもありがたいでしょ?」

「世の中には結婚もできなくて一人の人だって…」

「結婚して子供ができなくてずっとつらい人も…」

とどっかの誰かが抱えている悲しみや寂しさと比較され、「あなたは幸せよ」と悲しみ比べが始まることが多いですが。

 

結婚しずっとずっと子供ができず、父の生きる歓びに慣ればと頑張り続けてもダメだった。そんなときも結婚してるだけマシよ、って言われてしまうのでがオチ。

 

幼くして親を亡くしてしまったら、いったい何度そんな思いをしなければならないのか。

きっと成長していく過程で、どっかで誰かしらに「親は先に死ぬものだから、親の分までしっかり生きて」なんていう軽々しい言葉を言われるに違いありません。

 

きっと生まれてから親がいなかった人に出会ったら、「親が一瞬いただけでも幸せじゃん」などという悲しみ比べをふっかけられるかもしれません。

 

話があちこちに飛びすぎましたが。

 

人生はまわりと同じように生きることになんら価値はありません。

人と違うことは素晴らしく、後ろめたいことなど一つもありません。

同調主義、全体主義が強い日本では居心地が悪いかもしれません。

 

多様性と言われる昨今ですら、日本社会は全くそんなことはなく進んでもいません。

地震原発で避難してきた子供を同級生が恐喝し、先生がばい菌呼ばわりし。

自分とは少しでも異質な人間を、日本の村社会はとことん忌み嫌います。

 

人を亡くしてつらいのは誰でも同じです。

そこに悲しみ比べは意味はありません。しかし幼い子供にとってはあまりに過酷すぎます。

神様は時として背負いきれない十字架を簡単に背負わせます。

 

どうにか、どうにか・・・

 

 

PS

そう言えば私の母も、母が中学生か高校生のときに、母親を病気で突然亡くしていました。家の近くのバス停で倒れていたらしく人だかりができていたそうです。

覗いてみて母親と気づいたそうです。そのまま息を引き取ったとのこと。

 

私の母は、学生時に母親を突然病気で亡くし、そして伴侶を自殺で亡くしました。

そしてそんな母と私は、父の件依頼、ほぼ絶縁状態です。

 

人生は過酷です。

 

 

 

 

自死遺族を盾にするさもしい人間、それはわたし さもしいわたしへの戒め「病者の祈り」、「つもり違い10ヶ条」、「自分の感受性くらい」

病者の祈り ~ニューヨーク・リハビリテーション研究所の壁に書かれた一患者の詩~

大事を成そうとして 力を与えてほしいと神に求めたのに

慎み深く従順であるようにと 弱さを授かった

 

より偉大なことができるように 健康を求めたのに

よりよきことができるようにと 病弱を与えられた

 

幸せになろうとして 富を求めたのに

賢明であるようにと 貧困を授かった

 

世の人々の賞賛を得ようとして 権力を求めたのに

神の前にひざまずくようにと 弱さを授かった

 

人生を享楽しようと あらゆるものを求めたのに

あらゆるものを喜べるようにと 生命を授かった

 

求めたものは一つとして与えられなかったが

願いはすべて聞き届けられた

 

神の意にそわぬ者であるにもかかわらず

心の中の言い表せない祈りは すべてかなえられた

 

私はあらゆる人々の中で 最も豊かに祝福されたのだ

 

A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED

I asked God for strength, that I might achieve

I was made weak, that I might learn humbly to obey...

 

I asked for health, that I might do greater things

I was given infirmity, that I might do better things...

 

I asked for riches, that I might be happy

I was given poverty, that I might be wise...

 

I asked for power, that I might have the praise of men

I was given weakness, that I might feel the need of God...

 

I asked for all things, that I might enjoy life

I was given life, that I might enjoy all things...

 

I got nothing that I asked for --

but everything I had hoped for Almost despite myself,

my unspoken prayers were answered.

I am among all men, most richly blessed!

実際のニューヨークにあるリハビリテーションに見に行った人が下記のブログに壁に貼ってある詩の写真をアップしています。

A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFEREDi•aŽÒ‚Ì‹F‚èj

 

私たちはいつも何かに期待し、求め、気づかぬうちに強欲になっています。

 

修験道となっている霊峰高尾山には「つもり違い10ヶ条」というものがあります。

 

その一、高いつもりで 低いのは 教養 

その二、低いつもりで 高いのは 気位 

その三、深いつもりで 浅いのは 知識 

その四 浅いつもりで 深いのは 欲の皮 

その五、厚いつもりで 薄いのは 人情 

その六、薄いつもりで 厚いのは 面の皮 

その七、強いつもりで 弱いのは 根性 

その八、弱いつもりで 強いのは 我 

その九、多いつもりで 少いのは 分別 

その十、少いつもりで 多いのは 無駄

 

自死遺族となり、何かのせいにしたり、何かを恨んだり、何かを諦めてばかりいたり。 そして「自死遺族だから…」と言い訳をする自分。

結局それすらも傲慢なのかもしれない。

 

そしてそれを知らしめてくれる詩が次の詩です。

自分の感受性くらい

ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな

みずから水やりを怠っておいて

 

気難しくなってきたのを 友人のせいにはするな

しなやかさを失ったのはどちらなのか

 

苛立つのを 近親のせいにはするな

なにもかも下手だったのはわたくし

 

初心消えかかるのを 暮らしのせいにはするな

そもそもが ひよわな志しにすぎなかった

 

駄目なことの一切を 時代のせいにはするな

わずかに光る尊厳の放棄

 

自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ

 

自分の感受性も自分で守れないのに…。

わずかに光る尊厳の放棄…。人生をもう残り物だと思ってしまっていた自分への戒め。

自死遺族だからじゃない。

みずからを怠っているから、世界が灰色なんだ。

 

自死遺族だからじゃない。

そもそもがひ弱だった。

 

自死遺族だからじゃない。

自死遺族だからじゃない。

 

わずかに光る尊厳の放棄、それは自死遺族だからじゃない。

自死遺族という言葉を、あたかも正当に自分の逃げ道と使うのはあまりに卑怯でさもしかった。

逃げてもいい。どんどん逃げてもいい。

でもその方便を「自死遺族」はやめよう。

 

わずかに光る尊厳を放棄しないために。

 

自分の感受性くらい自分で守れ ばかものよ

 

自死遺族が抱く死者への「怒り」

自死遺族が他の遺族と決定的に違うことに「怒り」があります。

自死遺族といいましたが、正確には「多くの自死遺族は」が正しいです。

 

その怒りとは、亡くなった人へ向けられたものです。

通常こういった感情を死んだ当事者に向けることはありません。

 

生前の行いに対してではありません。

遺書がとか、実は借金がとか、犯罪を犯していたとか。

 

死んだそのものの行為について怒りが湧くのです。

 

必死に支えていたなら「なんでそんな判断を」

知らなかったなら「なんで一言も相談を」

「なぜ!?」「どうして!?」

永遠に答えの出ない問いが、永遠とループします。

 

なんでそんな勝手は判断を、なんでそんな自分だけの判断を、

なんで勝手に一人だけ、なんで当然に逝ってしまったの

数え切れない「なんで」とととも悲しみや自責の念、後悔と同じくして強い怒りも湧くのです。

 

私は結婚して1ヶ月も経たないうちの出来事でした。

新婚生活も打ち壊され、当然結婚したという幸せの年賀状も送ることなく、

出来上がってくる写真を見ることもできず、DVDに焼かれた映像も流されることなくどこかの奥にしまわれたままなのです。

 

私には結婚したという出来事そのものが一瞬で吹き飛び、思い出は涙に洗い流されてしまいました。

でも、そんなことに「怒り」があるわけではありません。

 

結婚式で出す食事を、妻と妻のお母さん、そして私で試食会で食べていたときに、母からの電話で「おとうさんが未遂した」という知らせで、試食会を投げ出し、お義母さんがお手洗いで席を外しているときで、挨拶もできず式場を後にし実家に飛んでいったこともありました。

未遂なんて初めてで、天国からまさに地獄に突き落とされました。

 

職場まで20分程度だった家から、メンタル不調の父のそばにいようと、実家近くに引っ越し職場まで2時間30分もかかるようになりました。(後々この通勤時間が私を大いに苦しめることになりました)

 

なるべく実家に顔を出すようにし、父と飲みに行ったり食事したりする機会も増やしました。

 

それなのに…。

 

 自己犠牲していたから自分の努力が報われてほしかった?

いや、ただただあんなにもそばにいて、これからどんなことがあっても支えていこうと思っていた矢先に…。

 

あなたにとって、子供はあなたを抑止するなんの力もなかったんだなと無力感に襲われ、裏切られたと感じ、そして言い尽くせないほどの思いが怒りとなって現れました。

 

今でも決して許せません。

最期に苦しんで苦しんで、そして死ぬことに希望を見出し逝ってしまった父。

そんな父を今も許せていない私は、なんてさもしい人間なのでしょう。

大切な人を自死で失ったばかりの人へ

きっと混乱しているでしょう

 

これをしなさいということはありません。

感情を赴くままに出すことが大切です。

 

失った悲しみ

自責の念

後悔、悔やみ

怒り

不安

パニック

 

さまざまな感情が入り混じり嵐のような状態なはず。

大丈夫、その嵐自体は次第に治るから。

 

葬儀や手続きでてんやわんやで悲しんでいる暇がなかった人もいるはずです。

多くの場合はその後どっと押し寄せてきます。

でも、それに不安にならないでください。

心の正常な反応です。

 

食欲がない

眠れない

思い出す

不安感

イライラ

 

これも心と体の正常な反応です。

心療内科に行っても、抑うつうつ病と言われ、心と思考を強制停止する薬を処方されるだけです。

 

それにどっぷり浸かるとそれがないと生活ができず、薬と精神科医に管理された人生になってしまいます。

 

悲しみは当たり前、憔悴して当たり前。

だって大好きだったあの人、大切だったあの人が自ら逝ってしまったのだから。

 

その心の動きに付き合ってください。

それがグリーフケアなのです。

グリーフケアを何かにわざと追われるような生活をしたり、薬や精神科医に思考強制停止されてしまうと、後々が悲惨です。

 

後々のことを考えられないのは当たり前です。

大切な人の突然の死は、己の生命にも直結するくらいの重大な出来事なので。

 

失ったばかりのときは、ただただその人を想って想って想って、自分を責めて責めて責めて、打ち拉がれて、泣きじゃくって、食べれなくて、眠れなくて。そんな生活を送れるだけ送ってみてください。

 

学校や仕事がある人がほとんどでしょう。

元気に振る舞う必要はありませんが、誰も理解してくれません。

表面上の言葉で傷つくことも多々あるはず。

気にしちゃうでしょうが、気にしないよう。

 

誰も理解してくれません。

帰ってからまた泣きじゃくりましょう。

 

そんないつまでも立ち直れない自分に嫌気がさすかもしれません。

でも大丈夫。それ自体はずっと続かないから。

今はそれでいいの。数年それでもいいの。

悲しみは減らないし、止まない雨はあります。

でもその中での生き方をだんだん身につけていくのです。

 

一つオススメなのが、繋がりです。

遺族の会でも、ネットでもいいです。

あなたの嵐のような感情を聞いてくれる場を探してみてください。

 

居心地が悪ければすぐ撤退すればいいだけ。

遺族の会は、基本スタッフ(自死遺族の方が殆ど)がしっかり研修を受けてるので、不快な思いをさせられることはまずないです。

 

誰かと繋がることを意識してください。

 

あなたを取り巻いている嵐は必ず落ち着きます。必ずです。

大丈夫、絶対大丈夫。

 

気休めではありません。

大丈夫、絶対大丈夫。

 

 

自死遺族と仕事

仕事は生活する上で欠かせません。

仕事が好きな人もいれば嫌な人もいます。

仕事が好きな人のほうがきっと圧倒的に少ないでしょう。

 

たとえ好きなことを仕事にしたとしても、人間関係や通勤、残業、給料など悩みは尽きないものです。

 

しかし自死遺族にはさらに困難が待ち受けます。

「普通の死」とは違い世間では「異質な死」と思われています。

 

葬儀をするかしないか、本当の死因を公表するかしないか、しない場合はなんて口裏を合わせるか。

 

どの選択をしても苦渋に満ちています。

私の家では、葬儀をし、死因は別のものにしました。つまり家族で口裏を追わせました。ただし田舎の親戚には正直に伝えました。

 

何も悪いことも、恥ずかしいこともしていないのに、嘘を突き通さねければいけない。

それがなくなった人への「尊厳」と言う人もいるでしょうが、それは尊厳なのでしょうか。

 

忌引休暇を数日取り、職場復帰する人もいるでしょう。

私も2日後には復帰していました。

 

亡くなる前月に結婚したばかりで、比較的若くして親を亡くしたということで、職場の人から多くの励ましの言葉をもらいました。

 

「親が先に死ぬのは自然なことだから」

「結婚式は見せられて良かったね」

「あんまり落ち込むな。誰でもいつか死ぬんだから」

 

抱えていた大きなイベントでてんやわんやしていた私は、落ち込んでいる素振りなど見せることもなく、仕事に奔走していました。

 

しかし自宅に帰り、数日前の出来事から葬儀まで走馬灯のように思い出し、そして仕事での言葉が頭のなかでループし始め、パニックになりました。

 

同僚の思いやりのある言葉でできた研ぎ澄まされたナイフが、まだ血が滴る傷口を深く深くさらにえぐるのです。

 

そして数日後、職場でパニックを起こし倒れてしまいました。

病休や休職を挟みながらも、なんとか完全復帰しようとどうにかこうにか数年働き続けましたが、ダメでした。

 

私が担当していたイベントだけは大成功に終わらせましたが、その記憶はほとんどありません。いろんな準備をしながら人気のない裏では涙が出ていたことだけは忘れません。

 

仕事をするということは、同僚やお客、取引先など、多くの第三者と顔を合わせることになります。そして当然ながらその第三者と自身のプライベートは一切関係ありません。

 

プライベートを表に出してしまうなど社会人失格です。

そして社会人失格をやり尽くしてしまった私は長年の夢でやっとやっとなった職業から離れざるをえませんでした。

私の判断というよりもはや制度上の問題でした。

 

父が、親父が本当に喜んでくれた職。

私はもはやまともな生活すらも送れなくなっていました。

 

自死遺族の人でも、ずっと気を張りながら、歯を食いしばりながら働いている人は多くいます。独り身の人、結婚をしたばかりの人、子供を育てている人、親を介護している人。

 

辞めたくても辞められない。生きているようで死んでいる。

そんな数年で私は完全に壊れてしまいました。希死念慮が強く、薬漬けでした。

 

もう外で働くことは諦めています。

でも働いていないわけではありません。

徐々に徐々に、軌道に乗るように頑張っています。

 

日本は出産や育児、有給ですら取りにくい、(もしくはそれすらない)、社会です。

そして外れてしまったレールにはもう戻ることはできません。

再チャレンジを許容しない社会です。

多様性は認めず、みんなで首を絞めあう社会です。

 

子供のときにアメリカから帰国し一切日本語が通じつ、猛烈にいじめられていたあの頃に感じたことを、こんな大人になっても全く同じことを思いました。

 

なにも成熟しない日本。

せめて苦しみを感じている人々が少しでも繋がり合い、陰ながらでもともに支え合い生きていければと思います。

何度も心を癒やしてくれた「Goose house」

先日のブログでKOKIAを紹介しました。

この人の歌に心奪われ、涙したという内容でした。

 

落ち込んでいるとき、どうしても気分が滅入ってしまうとき。

誰でもそんな日はあります。

 

大切な人を失った人の場合、その人を亡くした命日やその人の誕生日が近くなるとどうしても落ち込んでしまう場合があります。

 

当然の反応です。

大好きだったのですから。

 

そんなとき、私は好きな曲をとにかく流し続けることをします。

お酒でも飲みながら歌詞に目を落とし、歌声を聴き、映像を觀ていると心が安らいできます。

 

体を動かすのも大好きなのですが、落ちたときは体も心も鉛のようでどうにもなりません(ここ数年はありませんが)。

 

私が長い間、心安らぐ楽曲を提供してくれてるのが「Goose houseです。

普段からユニットとして常に活動しているわけではなく、シンガーソングライター、異なるミュージシャン同士が「ハウス」と呼ばれるシェアルームに集まって音楽活動を行っている

https://ja.wikipedia.org/wiki/Goose_house

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もしよければ何曲か聞いてみてください。

流行りの曲から昔の曲まで幅広くカバーして歌っています。

オリジナル曲も多くあります。

 

特徴は何より彼ら彼女らがとても楽しく歌を歌っているところが魅力的です。

  

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フラッシュバックで一瞬であの瞬間に振り戻されるPTSD そしてあのシーンを何度も何度もリアルに再体験する

こんな記事がありました。

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自死遺族の中にはPTSDの人も多くいるはずです。

大切な人の自殺の現場を目の当たりにすれば、PTSDになる確立が高くなるのは当たり前だと思います。

 

自分でほとんどコントロールすることなく、当時の光景が頭のなかにフラッシュバックし、あたかもその現場にいるような体験をします。

 

そのトリガー(きっかけ)はさまざまあり、似たような状況に遭遇したり、気分や体調の良し悪しでフラッシュバックが起こったりします。

 

フラッシュバックが起きると、気分が落ちるとかそういうレベルではなく、パニック症状やうつ状態を引き起こします。

 

何度も何度も地獄絵図のシーンを再体験させられます。

 

これは自死遺族に限ったことではなく、消防や警察、自衛隊など人の酷い死を目の当たりにする現場に多くあります。

 

職場ではPTSDへの対策が取られますが、ほとんど形だけです。公務員ですから形だけPTSD対策したよっていう実績が欲しいだけです。本当にPTSDになった人は結局辞めざるをえません。そういう職場なのですから仕方のないことなのかもしれませんが…。

 

しかし公務員には失業手当はないので、基本的に失業した瞬間からお金は一錢も入ってこず、生活が一気に困窮します。

 

なぜ失業手当がないかというと、公務員は犯罪行為を行わない限り首にはなりませんし、組織が倒産することもないからです。(夕張みたいなケースはありますが)

 

辞めていく人は地方公務員法で懲戒解雇された人か、自らの自由意志で辞めていく人だけだから、保険はかけなくともいいというわけです。

 

しかし実際は疾病等で辞めざるをえない人は多くいます。手厚い病休や休職制度がありますが、結局PTSDなどコントロールし難い病気の場合はやはり辞めるしかありません。「人の死」でPTSDになったのだから、「人の死」に原則接することができなくなります。

 

たとえ現場から外れて内勤の事務職なっても書類上で「人の死」に接することは多くあります。イベントなどで市民への指導で、人工呼吸や心臓マッサージなどの心肺蘇生法を行うことさえできなくなる人もいます。

 

そうなるともはや必要のない人材です。組織からは不遇の扱いをされ、その上でPTSDと戦わないといけなくなるわけです。そして失業保険に入っていないので辞める選択肢はほぼなくなります。

 

満足に働くこともできず、辞めることもできず、PTSDも良くならない。

もう選択肢としては「自ら死ぬ」しかなくなってしまう人がいても全く不思議ではありません。

 

もちろん民間でも失業保険があっても病気を抱えながら辞めることは困難を極めます。

民間では病休や休職制度を大手以外はまともに使わせてくれないところがほとんどです。また非正規や派遣社員、アルバイト、パートタイマーなど正社員以外の雇用形態の人は尚更です。出産で休むだけで辞めざるをえないところさえ珍しくありません。

 

日本では一度外れたレールから再スタートを切りにくい構造です。(幼少期からレールを外れていた私ですが…)

そういった息苦しい社会構造が自殺大国にしてしまっている大きな要因の一つだと思います。

 

PTSDに苦しんでいる人に一刻も早い根本治療ができることを切に願います。

 

話が飛び飛びになってしまいました。