読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

悲しみは海より碧く、深く〜suicide story〜

父の自死。私の人生。新たな命。苦悩、喜び、葛藤、そして生きるということ、死ぬということ。

警察の現場検証は大切な人の自殺を目の当たりにしたばかりの私にはきつすぎた

父を下ろした私。

私の仕事が消防ということもあり、心肺蘇生も試みました。

しかしそれは絶望の中でのものでした。

 

死後硬直が始めっているのがすでにわかっていたからです。

でも僅かな希望を持ちながら下ろしました。

なぜならまだ腕や手に硬直はなく、少し温もりを感じたからです。

 

しかし、下ろした瞬間…

父が棒のように倒れていきました。

 

脚(四股)の硬直は死後およそ7時間ほど時間が経過しないと起こりません。

父が棒のように倒れていった瞬間、頭の中が一瞬無になりました。

真っ白ではなく、まるで宇宙に放り出されたような…。

 

そして嵐が頭のなかで起きました。

無駄だとわかっていても、必死で救急隊が来るまで心臓マッサージをし続けました。

 

たった数分が何時間にも感じました。

あぁ、助けを本当に求めている人にとってはこの数分が本当に時が止まったように感じ、その地獄の時間を耐えるしかないのだと強く強く実感しました。

 

先着したのは消防隊でした。

事情と私も同職ということを伝え、私は引き続き心臓マッサージを続け、消防隊はAEDを準備していました。

 

そしてすぐ救急隊が到着し、消防隊は救急隊にバトンタッチしました。

そして当然のことながらAEDは反応しませんでした。

それは生体反応がないからです。電気を流しても意味ないからです。

 

当たり前に知っていることなのに…

諦めかけようとしている救急隊を必死に止め、万が一があるかもしれないから救急車で病院に搬送してくれと懇願しました。

 

救急車の中で震える母と同乗し、搬送されました。

とても静かだったよな、とてもうるさかったような…

でも記憶の中には静寂だったイメージが強烈にあるのです。そんなはずはあり得ないのに…。

 

ちょっときついので次回にします。

自死遺族になって、本当に本当につらかったとき出会った本当に本当に心に染み涙した歌

KOKIA

誰もがお気に入りの歌があるはずです。

その歌には大抵何かの記憶がリンクしているのではないでしょうか。

 

初恋の歌

失恋の歌

友情の歌

受験で励まされた歌

結婚式での歌

 

好きなドラマやCMでタイアップしていた歌なども耳に残ることが多いのではないでしょうか。

 

好きな歌手やバンドがあれば彼ら彼女らの楽曲は無条件で好きという場合もあるでしょう。

 

ラジオをよく聞く人なら、突然流れてきた知らない曲に心惹かれて曲名を必死で調べた経験を持っている人もいるでしょう。

 

私もよくラジオを聞くので、さまざま種類の曲が耳に入ってきます。

曲との出会いも一期一会です。

 

ある日、近くの大きい公園でイベントがやっていました。

イベントなんかにはまず足を運ぶことはないのですが、秋のいい季節の中、大好きなその公園で、緑ガーデニングフェアみたいなのが催されていたので足を運んでみました。

 

そこでたまた大きなテントの中にステージが設営されており、歌手が来るとのことでした。全く知らない「KOKIA」と言う人でした。

 

POPで心打たれ涙する歌を歌うみたいなことが書かれていなので少し気になってしまいました。

 

自死のことや自身の体調、そして仕事のことで本当にしんどく心身ともに余りに絶不調の頃でした。

 

そして彼女の歌を聞くことになりました。

涙が止まらなくなりました。

 

人前で泣くことなどまずありませんでした。

父の自殺後でさえ、誰かの前で泣くということは殆どなかったと思います。

お風呂でシャワーを浴び、目を閉じた瞬間、あの光景が蘇り、膝から崩れ落ちむせび泣いていました。

 

そんなときは飼い猫のジジがいつもお風呂の前でミャーミャー鳴いて心配しに来てくれました。そんな14歳のジジもまだまだ元気です。

 

話は逸れましたが、そんな私が不覚にも泣いてしまいました。

涙が止まらなく、涙が止まらなく。

 

あの歌声を表現できない自分の語彙力にガッガリですが、よかったら聞いてみてください。

 

下記にYouTubeと公式サイト、Wikipediaのリンクを貼っておきます。

 

またなにかおすすめがあれば是非教えてください。

 

 

www.youtube.com

 

www.youtube.com

 

www.kokia.com

 

KOKIA - Wikipedia

自死遺族の会に参加して、ショックだったこと

当時はmixiが大盛況でした。

 

その中で自死遺族のコミュニティがあり、私が遺族なってから1ヶ月経たないうち、承認してもらい加入しました。

 

個人的に仲良くなった人と連絡を取り合い、遺族の集いをやるということで、初めて他の自死遺族の方とお会いしました。

 

遠路はるばる東北の方から参加されてる方もいました。

 

集いのほとんどの人は、他の自死遺族の会に参加したことがあった人たちでした。自ら会を運営してる人もいました。

 

心臓が口から飛び出るほど緊張し参加したのを覚えています。

 

インターネットのやり取りで誰かと対面するのさえ初めてだったので、緊張感と不安感は募るばかりでした。

 

一方、私がとても期待したのが私よりも年数を積んでいる自死遺族の方々が、どう乗り越えどう克服し、どうやってまた自分の人生を取り戻しているのか知りたくてたまらなかったのです。

 

実際は…、

十数年経つ人ですら、話すときは涙し未だに受け入れられないと、数年経っている人でもまだ昨日のようだと言う。

 

私は愕然としました。

そして悟りした。

 

乗り越えるとか、時が解決するとかそういう問題ではないんだと。

 

あぁ、何年経っても大切な人との自殺での死別

は癒されることもなく、軽くなることもなく、生涯背負うものなのだと強く強く実感しました。

 

あと少しで10年経とうとしている今、あの時の自死遺族の方々の気持ち、想いが強く強くわかります。

 

あの時の人びととはmixiを離れてからほとんど接点がなくなってしまいました。

 

元気にしてることを祈ってます。

宇多田ヒカルだけじゃない 自死遺族の芸能人を見て思うこと 

華やかな芸能人。

地位も名誉もお金も全て手に入れているように感じてしまうの。

 

でもこれはテレビを通して作られた虚像。

少なくない芸能人はこの作り上げられた自分と、本来の自分の乖離で苦しんでいるんだろうと推察できます。

 

だからさまざまな解散や活動休止、引退があるのだと思います。

 

彼らはテレビに出ている以上、スポンサーの影響を多大に受けます。

企業イメージを損なう企画、表現、芸能人のイメージはご法度です。

 

だから浮気など犯罪でないものでも再びテレビで活躍することは至難の業です。

モラルやイメージが全ての商売です。モラルは自己を律し、イメージは作り上げるもの。

 

だから芸能人はたとえ自死遺族でも、たとえ芸能ニュースで大勢が知っている既知の情報でも、そのことに言及することはとても難しいはずです。

 

当然プライベートなことなので言及する必要もありません。しかし逆に自死遺族の会にひそかに参加したり、誰かに話したくなってもその機会が芸能人のため失われてしまうこともあるでしょう。

 

しかも彼らは、オープンにしていないのに関係ないその他大勢の第三者が知っています。耐え難いはずです。

 

しかし彼らは芸能人。発信力は誰よりもあるはず。

何かを発信・表現したくて芸能人になったはず。

それが美貌なのか演技なのか、声や歌なのか。

 

宇多田ヒカルみたいにメッセージを出し、さらにそれを歌で表現し歌い上げる彼女は本当に凄い。誰もができることじゃない。

 

でも少なからず彼女に励まさらた人もいるはず。私もその一人。

芸能人だからって自死遺族であることを公で語る義務は全くないけれど、何らかのメッセージを世に出せば、救われる人も多いんじゃないかな。

 

後藤真希、キンタローも母親。

俳優の瑛太父親、元SPEEDの多香子は旦那さん。

キンタロー以外はみんな芸能界で活躍をしているときですね。

民進党の前原議員も中学生のときに父親を自殺で亡くしています。

 

みんな頑張って生きているなぁと自分の駄目さに辟易してしまいます。

同じように落ちることなんかあるんだろうか?などと芸能人を特別視するのは良くないですね。

 

必死に頑張って、乗り越えるものではないけれど乗り越えようと、共に抱えて生きていこうとしているはず。

 

彼ら彼女らの頑張りを励みに、私も生きます。

あの人の分まで、というのは少しばかり重いから、あの人の半分くらいの分は背負って生きていきます。

自死遺族でもある宇多田ヒカル アメリカと日本の間で揺れ動くアイデンティティ そして私

宇多田ヒカルが8年半ぶりのアルバム「Fantôme」を発表しました。 人間活動に専念するということで、長い間活動休止していました。

 

lite-ra.com

彼女のアルバムには自死した母への思いで溢れていました。

きっと彼女自身母になって感じたことも増えたに違いありません。

 

彼女はアメリカで生まれ育ち、日本でもアメリカンスクールに通っていました。

その影響もあり、彼女は自分がmアメリカ人でも日本人でも中途半端でアイデンティティが確立されていないとNHKの番組で言っていました。

 

そし私も幼少期、母に連れられアメリカに数年住んでいました。

ど田舎だったため日本人どころかアジア人すらいなく、街中の話題でした。

地元の新聞の取材を受けたほどです。

 

日本人学校もなく、現地で全てを吸収していきました。

母は学校と仕事で家にいることは少なく、最初は現地のシッターさんが来ていました。

小物を盗んだり母の化粧品を勝手に使ったりと、何度か変わったのですが結局いいシッターさんに巡り会えませんでした。

 

言葉は全くわからない、文化も全く違う、頼る人が誰もいない。

本当に幼児ながらに人生の過酷さを実感しました。

 

しかし幼児とは凄いものです。 たった数ヶ月で吸収してしまうんです。

帰国するときには英語はペラペラで、考え方もアメリカナイズされていました。

そして日本に帰国したときには一切日本語を話せなくなっていました。

 

当時、帰国子女はまだ珍しく、日本では壮絶ないじめにあいました。

アメリカでも多少のからかいはありましたが集団でいじめられることなどありませんでした。日本みたいに集団で一斉にいじめるというよりは、個人が個人に対してからかったり圧をかけたりという感じでした。

 

私はどんどん日本人が嫌いになり、日本特有の全体主義も嫌いになっていきました。

連れション(一緒にトイレにいくこと)をとても不思議に見ていた私。そして連れションを断ると一気に疎外される。

 

会話もしないのにただ集まって漫画を読んでいる光景にも違和感がありました。

とにかく集団に属さないといけなみたいな風潮にはいつまでも馴染むことができませんでした。そして馴染めない者は疎外され、疎外されるだけでなくいじめにあうのです。

 

アメリカ人でもない、日本にも馴染めない、日本語もわからない、授業もさっぱり。成績も当然壊滅。

 

私の人生はアメリカに行ったことにより、良くも悪くも人とは大きく違ったものになりました。今考えれば貴重な体験の連続でしたが、当時は地獄のようにつらいことばかりと思っていました。そしてひたすらに日本が嫌いになっていきました。

 

日本人としてもアメリカ人としてもアイデンティティはなく、どちらにも馴染みきれない。アメリカは自由で人種のるつぼで誰で受け入れてくれる、何ていうことも本当はありません。

 

近所にあった幼稚園に入るにはクリスチャンでないといけなくて、私は形上だけでもクリスチャンにならざるを得ませんでした。

 

大統領選挙で、女性蔑視や差別発言を繰り返したトランプが勝ったような一面もアメリカは多分に持ち合わせています。ヒラリーがそれほど嫌われていたという一面もありますが。

 

話がだいぶそれましたが、宇多田ヒカルとは勝手に共通点を強く感じてしまいます。

 

アメリカと日本の狭間にあるアイデンティティ。(彼女とは逆に私は圧倒的に日本寄り)

成人してから親を失った自死遺族。

親を失い、その後自らも親になる。

 

宇多田ヒカルとは年齢も近く、彼女の楽曲もとても好きなので、陰ながら応援していきます。

 

【苛立つ社会】通勤電車の人身事故

通学、通勤電車を利用している人は誰しも一度は経験があるだろう人身事故。

朝の時間のないときに人身事故が起こり、立ち往生や人混みで溢れるホームと超満員の電車。

 

学校や会社についてときにはもう疲労困憊。

せっかくの帰宅時間にも…。

 

それが一度だけでなく、何度も何度も。

そうなると、もうイライラが…。

 

「もうホント勘弁して」

「死ぬときまで迷惑かけんな」

「死ぬなら一人で死ねばいいのに」

 

辛辣な言葉です。

でも誰も否定できないのではないのでしょうか。

自分の生活のリズムが問答無用で大きく乱されるのです。慌ただしくストレスフルな社会で必死に準備をし、遅れないようにし、学校や会社に向かう日々。余裕なんてない。

 

どんな理由であろうと他者が土足で自分の生活を乱してくる。それは例え死をもった訴えであったとしても、自殺者の想いまで日々の生活の中で慮ることはできません。

 

日本は他者に迷惑かけることがもっともいけないことなのです。

確かインドでは、迷惑をかけてもいいからあなたも他者の迷惑を許しなさい、という教えがあると聞きました。

 

そんな世界では日本の人身事故をどう思うのでしょうか。

 

私は、人身事故で苛つく自分に一番苛つき、辟易とします。

 

プロの職業人でも自殺現場で心壊すことも

自殺現場の第一発見者。

それは家族だけではありません。

 

もっとも機会が多いであろう職業は消防と警察でしょう。

その次は電車の車掌さん。

 

また病院でも全国で年間60〜70件程度あり、医者や看護師が遭遇するケースもあります。

 

この中で日頃から人の生死に接している消防、警察、医療従事者。

一般の方から見れば「死」に慣れていると思われているかもしれません。

 

しかし慣れることはありません。特に消防、警察が接する「死」は、災害、事故、殺人、自殺など一般人が生きている間に一度遭遇するかしないかの体験を何回も遭遇します。

 

職業柄仕方ないと思われるのは当たり前ですが、彼らも人間です。

戦争に行った兵士たちが、戦場でPTSDになって帰還します。それだけ現場は壮絶なのです。

自衛隊災害派遣PTSDになる人は少なくありません。

 

現場はどの現場でも痛ましいものです。

特に子供は胸が張り裂けます。火災、交通事故など。

 

そして自殺も消防、警察、医療従事者の脳裏に焼き付きます。

夢に出てくる、過覚醒で苛つきや不安感、不眠に悩まされる人も少なくありません。

 

半年以上も業務上支障が出る人もいます。

業務に支障が出るということは、最前線で活動できないことになります。

それはプロ失格なのです。どんな現場を経験しようが、心にダメージを負おうが。

 

そうやって現場を去り、職場を去る人も少なくありません。

「人を救いたい」

その一心でなった職業で、自分の無力さを思い知らされ、そして自分の余りの弱さに落胆するのです。

※本来は弱さの問題ではないのですが…

 

自殺は、残された家族だけでなくそれに関わった多くの人たちに多大なる影響を与えます。180度人生が変わってしまう人もいます。

 

私は父の死を持って、もう人の命と接することはできなくなってしまいました。

全てがフラッシュバックに繋がるからです。

他の部署にも行きなんとか復活も試みましたが、結局は無理でした。

 

もう壊れきっていました。