悲しみは海より碧く、深く〜suicide story〜

父の自死。私の人生。新たな命。苦悩、喜び、葛藤、そして生きるということ、死ぬということ。

【ラスベガスの銃乱射事件を受けて】「理解できない」でいいのだろうか?

アメリカで悲惨な事件が起こりました。

アメリカ史上最悪の犠牲者を出した銃乱射事件となりました。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

私は幼少期、アメリカに住んでおり、そんな幼児にすらアメリカでは警察に止められたら、ポケットに手とか入れたり怪しい行動はせずすぐに手を上げなさいと教えられました。

 

とくに地域的に田舎でアジア系の人間すら珍しかったので、厳しき注意喚起されました。

まだ未就学児にたいし、警察に怪しい動きをしたら撃たれるぞと教え込むのです。

希少なアジア人だったとは言え、さすがアメリカとしか言いようがありません。

 

 

さて本題です。

この凄惨な事件、多くのテレビコメンテーターが「理解に苦しみます」「信じられない」と言っています。

感嘆詞としての意味なら、そりゃこんな事件が起きたら誰でも「理解に苦しみ」という言葉が出るのも当たり前です。

 

信じられなことです。

あまりに酷い無差別殺人です。

 

でも本当に微塵も、犯人の気持ちを理解できないのでしょうか。

共感するとは違います。

 

いじめられたことのある人間なら誰しも「あいつら、みんな死んじゃえばいいのに」と思ってことはあるのでは。

 

会社でのハラスメントで、あの人いなくなればいいのにと思ったことがあるのでは。

それは会社から去ればという意味ではなく、この世からという意味です。

 

恨みつらみからは何も生まれないと言われますが、そういう感情が生まれるのは、感情をもった人間なら自然なはず。

 

それを異常というのなら、私は幾度となくいじめになってきた中、異常な思考回路ができてしまったのかもしれません。

 

いじめていた相手がこの世からいなくればといつも思っていました。

初詣でお願いするほどでした。

 

その周りの嘲笑している大衆もいなくなればと思いました。

彼らも実質加担者です。

 

父が亡くなってからの職場の対応もとても厳しいものでした。

元気ハツラツだった私がPTSDを背負って職場復帰してしまったのですから。

やる気が無いなら辞めろの大合唱でした。

なんとか、なんとか這いつくばっても会社に通い、いつか前に自分に戻れると信じて頑張ろうとしていた

私の思いは、誰のせいでもない、ただただ私自身の覚悟の弱さで打ちのめされてしまいました。

 

みんな消えろ

そんなダークな自分を抱えてしました。

 

「でも人は殺さないでしょ!」

「無差別なんてあまりに自分勝手」

そんな声が聞こえてきます。

 

確かにそのようなことをしなかったから今の私があります。

しかし犯人の気持ちが全くわからないという訳ではありません。

破壊願望です。

 

ISが犯行声明を出してますが、便乗しているような気がしてなりません。

 

人は追い詰められると何をするかわかりません。

そしてそのポテンシャルは誰もが持っているのものだと思います。

そこを否定する場合はきっと、性善説を信仰しているのかもしれません。

 

人が追い詰められ、不条理に苦しめ続けられれば、どんな行動をするかわかりません。

それは自分にたいしてもそう思います。

 

家族が殺され、司法では納得いかない判決、被害者なのに個人情報を全部出され、プライベートもなくなったら。

社会すべてが敵になるかもしれません。

 

自分一人の命を絶つことで納得できるのか。

社会的に大きな爪痕を残して逝きたいのか。

少なくとも、現時点では後者を考えることは微塵もありません。

 

話がまとまりませんが、全く理解できないと弾弓するだけでそのバックグラウンドは考えなくていい訳がありません。

想像できないのは犯人の突拍子もない行動だからでしょうか?

それとも受け手側の想像力の欠如でしようか?

 

極悪非道人の心情など、理解できないのが世の常なら、きっと極悪非道人はいなくならないでしょう。

 

無差別殺人犯の心情を理解できるわけではありません。

しかし人が追い込まれ追い詰められ虐げられたら、理不尽な怒りが外に向かおうとするのは理解できます。

 

銃大国アメリカは恐ろしいと口を揃えて言いますが、

公園で自爆したおじいちゃんは、祭りの進行を予測して爆弾も仕掛けていました。

新幹線で焼身自殺して、巻き添えで亡くなった人もいます。

 

年間2万人以上もの人が自ら死んでいき、年間600人もの人が鉄道に飛び込んで死んできます。

 

「理解できない」でいいのでしょうか?

この国は本当に自殺者を減らしたいのか?「自殺で迷惑がかかる」というのを嫌っているだけではないのか?

こんな記事がありました。

 

biz-journal.jp

以下、抜粋です。

相談員になるためには、まず17年10月から18年7月まで月3回、1回当たり2時間の講習を受けなければならず、その受講料2万5000円も受講者が負担する。 ここまでが前期養成講座で、さらにそのあとインターンとして約1年の実習があり、相談員としてふさわしいと認められると認定される。そのようにして相談員になっても無報酬であり、交通費も自己負担だ。

 

なぜ「いのちの電話」の相談員は、無報酬なのだろうか。 「島根いのちの電話」のHP内の「いのちの電話とボランティア活動」というページでは、「なぜボランティアなのか」を説明している。そこでは、専門家ではなく、似たような悩みや苦しみを味わったことのあるボランティアが、同じ目線に立って共に苦しむことに活動の意義があると説明している。

 

だが、これほど社会的に必要とされており、かつ専門性の高い仕事がボランティアであることが、果たして本当に正しいのかだろうか。 メールやLINEが全盛の時代に、いまや電話は「前時代的な通信手段」となりつつある。「話し合うふたりが同じ時間を共有しなければならない」という電話の特性は、かえって敬遠される理由にもなっている。しかし、この同時性から生じる「相手が今、話を聞いてくれている」ことこそが、「いのちの電話」が求められる理由でもある。 

相談員になるため2万5000円の受講料自己負担、その後1年のインターン実習、そこで認められなければならない。また無報酬、且つ交通費も自己負担。

 

そしてなぜ相談員は無料なのか?

専門家ではなく、似た境遇で同じ痛みがわかるボランティアでないと同じ目線に立って悩みや苦しみを共有できないということ。らしい。

 

ん??

なんだか全くもって意味不明です。

つまり同じ境遇の人で、経時的に余裕があり、時間的にも余裕がある人でないといけないということなのでしょう。

 

そもそもそんな人、いますか?

同じ境遇ということは、自死遺族、もしくは大切な人を突然失った人のことでしょうか?

過去いじめを受けていた人でしょうか?

生きづらく死にたいと思ったことのある人でしょう?

 

同じ境遇をした者は、殆どの人が生きることに苦悩し、自分の世界で精一杯です。

取り払うことのできない苦しみ、悲しみ、後悔、自責の中、日々それでも暮らしていかないといけなく、どんなにメンタル的に弱っていても多くの人は働きに出ないといけません。

 

働くことは誰しもが大変なことです。

(以下からは自死遺族に限った話ですが…)

いくら自死遺族といっても世間はなんの考慮もしてくれません。

というか、自死遺族だと打ちけることがまずありません。

考慮してくれと願っているわけでも多くの場合はありません。

 

しかしフラッシュバック的なものは多くの自死遺族が抱え、物理的に日常生活を送ることが困難な日があることも事実なのです。

 

本当に日々必死です。

 

そんな境遇の人に、2万5000円の負担、1年の実習、そして無報酬の交通費なしなど誰ができるでしょうか。

 

中には自死遺族の人でも、NPOを立ち上げたり、自死遺族の会の代表となり活動されている人もいます。

多くの自死遺族がそういったものに救われていますが、だからといって自死遺族にそういった活動をしなさいというのはあまりに酷な話です。

 

それはいじめ被害者にしろ、生きづらさを感じている人にしろ皆同じではないでしょうか?

ボランティアをしながら、しかも相当な出費や時間的拘束を受けるのに、一般人や専門家ではなく、同じ境遇者を求めるって…。

 

 

これは果たして当事者たちが決めたことなのでしょうか?

専門家ではだめで、同じ境遇をした者でないと、同じ境遇者が決めたことなのでしょうか?

 

2万5000円もの研修を受け、1年ものインターン実習もするのならば、もはや同じ境遇というのは関係ないのでは?

話の聞き方、受け応えの注意点など傾聴技術を身につければもはや…。

 

一体誰がどんな目的で主導しているのか気になります。

本当に助けを求め命の電話にかけてきている人に対し、専門的な知識を持っているお金をもらっているプロフェッショナルのほうがかえっていい気がするのですが。

 

お金を出せないから無理やり、同じ境遇者というのを取って付けているようにしか感じません。

 

 

この国は本当に自殺者を減らす気があるのか。

全国に徐々に広がる自死遺族の集いに然り、いのちの電話にしかり、現場にお金が落ちてきません。

稼ぐという以前に、運営すら自費運営の場合や参加者に参加費をもらうことは多々あります。

 

私も会に参加していたとき、いくら少額とは言え出費が痛く、参加できなかったこともありました。

 

 

また多くの人は、自殺者を減らしたいとは大して思ってはいないのではないでしょうか?

鉄道飛び込み自殺は特に多くの人に迷惑をかけるため、勝手に一人で死ねという声が大部分をしめ、「なんでブラック企業はなくならないんだ」、「なんでいじめはなくならないんだ」「なぜ大の大人たちはそういった問題を隠蔽しようとするんだ」「なんで就職斡旋するハローワークの職員の大部分が非正規の不安定雇用なんだ」「なんでこんなに人を追い込む社会なんだ」という大合唱はおきません。

 

それはきっと人々が、特に満員電車に日々揺られ、心を無にしないと通勤できない過酷な環境の人々は一寸の精神的・時間的余裕もないため、人が死んだ背景など関係なく、自分の人生にいきなり介入し乱す鉄道飛び込み自殺が許せないのでしょう。

 

そうなってしまう人の心は誰にも責められません。

どちらも不幸なのです。

 

書きなぐってしまいましたが、本当に助けを求めている人を助けるには、寄り添うには、お金の問題を避けては通れません。

 

それをただでさえ人口減少時代、格差社会時代にボランティアに頼るなど言語道断です。

 

「似たような悩みや苦しみを味わったことのあるボランティアが、同じ目線に立って共に苦しむことに活動の意義があると説明している。」

と語った人が当事者なのか?そして本当にボランティアでないと寄り添えないと思っているのか聞いてみたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

死の捉え方は千差万別 みな同じ思いを同じように共有しているわけではない

死。

誰もが誰かの死を体験します。

順番があるとしたら祖父母、両親の順で子供は死を体験するのが一般的でしょう。

 

生まれた時、祖父母が存命でない場合、親の死がはじめて接する死であることもあるでしょう。

祖父母の死を経験している場合と、していない場合では親の死の捉え方は大きく変わってくるはずです。

 

かわいがっていたペットの死を経験などもその後の死に対しての感受性を大きく変えていくはずです。

 

家族がいるほとんどの人は祖父母の死を最初に体験し、親を看取り、自分の番が来ると思いがちです。

しかし家族が順番どおり死ぬとは限りません。

子供が先に、兄弟が、孫が先に死ぬなど若い人が、昨日まで健康だった人が突然死ぬことは、周囲に想像を絶する影響を与えてしまいます。

 

やはりその死が、若ければ若いほど衝撃は大きいのです。

不慮の事故、病い、自殺。

 

80歳の親が死ぬのと、30〜40歳の親が死ぬのでは社会的影響は段違いです。

 

事故や災害などで多くの人が一瞬で亡くなってしまうこともあります。

 

しかしここで留意しないといけないのは、同じ環境で大切な人を亡くしても、

同じ親を亡くした兄弟姉妹でも、

子供を亡くした父親、母親でも、

捉え方、感じ方は違います。

 

早くから社会復帰しようとする人、

生きる気力を取り戻せずずっとふさぎ込む人、

病院にかかる人、

食欲がある人ない人、

泣き腫らす人、涙がでない人、

気晴らしに外に出る人引きこもる人。

 

それぞれの行動も違います。

私はこんなにも落ち込んで一歩も外に出れないのに、あの人はいつも遊び歩いている。

私は一切食事が喉を通らないのに、あの人はいつも元気に食べてる。

 

復興でも、周りはもうみんな前を見きはじめているのに私だけいつまでもダメなんて言葉が聞こえてきます。

 

親を突然失った人に、それはまぁ一応順番ではあるからと諭す人。

子供を失くした人は順番が変わって逆縁だからつらさはその比じゃないよと、呪文を発する人。

 

人の死は必ずですが、捉え方は千差万別です。

そこに強い弱い、前向き後向き、積極的消極的などありません。

 

いつまでクヨクヨしてるんだ、という言葉はもはや言葉ではありません。

 

例えば消防士と看護師も、同じ人命を扱う職業ですが死の捉え方は違います。

 

人命を救出する側と人命を看護する場合では全く違います。

 

人の死への捉え方は人の数だけ違います。

またその人が死別を含め体験した人生によっても大きく変わってきます。

 

会社では忌引き休暇は祖父母、親、子供で日数が変わってきます。

しかしその忌引き休暇を全て使いきれることなど日本社会ではほぼありません。

 

いかに迷惑をかけず、せめて葬儀とその他1、2日程度くらいしか休めません。

むしろ少ない休みで出社したほうが会社に貢献しているとさえ思われてしまいます。

 

当然の権利としてある忌引き休暇を全て使い切って出社などしようものなら、村八分になってしまいかねません。

 

一応の区切りをつけて社会に対峙しないと、批判を集中砲火されてしまうのです。

早く立ち直れ

周りはもう前を向いている

辛いのはお前だけじゃない

 

人の死さえの向き合い方も前ならへ右向け右でなければならない社会

それが集団で生きていくことなのかもしれないけれども、大切な人の死に遭遇した人にたいし、もう少し想像力が働く社会になって欲しいと思ってしまいます。

 

 

小林麻央さん、安らかに

本日6月23日、小林麻央さんが亡くなったと速報が入ってきました。

 

小林麻央さん死去 34歳 | 2017/6/23(金) 11:18 - Yahoo!ニュース

麻央さん 闘病中ブログ357回 | 2017/6/23(金) 11:53 - Yahoo!ニュース

 

ご主人の市川海老蔵さんは、午後2時30分から会見を開くということでしたが、会見前にすでに世間の知ることとなってしまいました。

 

海老蔵さんの発表前にマスコミが発表するなんて言語道断だ!という意見も多くありますが、ある意味仕方のないことだとも思います。

麻央さん、海老蔵さん双方が自らブログで発信をしており世間の関心も物凄い高かったので、マスコミも世間もそっとできるわけがないのはある意味自然なのではとも思います 。

このことが芸能人だからプライベートは何もないということには一切繋がりませんが…。

 

芸能人のブログは一切読まなかったのですが、彼女のブログだけはいつも読んでいました。

日々病魔と闘い、希望、不安、後悔を生々しく綴っており、それはまさしく生命の輝きのように感じていました。

 

平均年齢から考えると、34歳で亡くなるのは余りに早いです。

子供たちが幼く、日々の成長が一番楽しみであり、親としての生きがいにもなっていたはずです。

さぞかし無念だったでしょう。

 

多くの人も「幼い子を残してどんなに無念だったか」と思うでしょう。

でも、一体いつまで生きれば十分だったのでしょうか。

70歳で亡くなっても、「まだ若かった」、「まだまだこれからだった」という言葉を聞くことは少なくありません。

 

子供が成人していれば?

子供が就職していれば?

子供が結婚していれば?

子供が子(孫)を産んでいれば?

 

きっといつの時点でも「さぞかし無念」となるはずです。

 

いったい私たちは大切な人たちにいつまで、どんなときまで生きて、どんな亡くなりかたをすれば、「本望」と思うのでしょうか。

 

生きること「だけ」への執着が強すぎると、その人が死んでしまったことだけがただただ悲しく無念で、死んでしまった事実だけがその人の人生を表し「若くてかわいそうだった」、「苦しんでかわいそうだった」、「残した家族がかわいそだ」となってしまうのではとふと思ってしまいました。

 

その人が生きた人生は数年であろうが、十数年であろうが、数十年であろうが、輝いて命を燃やして生き抜いたのではないでしょうか。

 

最期をみれば、その最期がつらく、最期の印象ばかりが強く残り「無念」、「かわいそう」、「まだやりたいことがあったどろうに」となってしまいがちです。

 

もちろんグリーフケア、喪に服すという行為は大切で、しっかり悲しみ、故人を慈しむ行為が、亡くなった人を自らが受け入れられる土台を作ってくれます。

 

悲しみ、打ちひしがれ、ときに絶望するほど孤独や後悔、自責、無念を感じるのは、人間として当然です。

 

そしてゆっくりゆっくりその人が輝いて生きた「輝かしい命の時間」を思い返し、「無念」という概念を昇華していくことが大切なのかなと個人的に思います。

 

私はどうかと聞かれると、「その日による」としか言えないふつつか者です。

 

病魔と闘うという表現はありますが、小林麻央さんは病気に負けたわけでありません。

負けて死んだわけではありません。

天寿を全うしたのです。

 

死ぬことは負でありません。

 

小林麻央さん、安らかに安らかにお眠りください。

「おもいのこし」は残されたそれぞれの未来の、生きる糧となっていきますように。

「ご自愛ください」の言葉に含まれる意味

「ご自愛ください」

自死遺族になってはじめて言われた言葉で、私もメール等で使うようになった言葉。

 

はじめて言われたのは、遺族会で知り合った遺族の方からでした。

(※厳密にはその前からSNSでは交流はありました)

 

とても違和感がありました。

第一に、全く聞き慣れない言葉だったからです。

言葉の意味合いはわかりましたが、私の人生の全く無縁の言葉でした。

会社でも仲間内でも、祖父母絵の手紙でも使うことはありませんでした。

読書が好きな方ですが、そこでも目にした記憶はありません。

かと言って初見というわけでもなく…。

病人などに使う言葉なのかなぁという程度の認識でした。

筆不精の私には縁がなかったのでしょう。

 

不思議な言葉です。

 

自死遺族の多くは自責の念にさいなまれる傾向があります。

大切な人を守れなかったと。

救えなかった無念さ…。

 

これは人命救助の前線のプロフェッショナルな隊員でも、全くの他者に対しても抱く感情で、とても深刻な影響をあたえる場合も少なくありません。

 

それは愛する人であれば強烈な感情として残るのは当然です。

そしてそれは自分を責める原因となります。

 

一緒に死んでしまいたい

なんで私は生きているんだろう

なんであの人は笑っていられるのだろう

なんで朝が来るんだろう

なんで地球は回っているんだろう

 

みんな消えてなくなればいいのに…

 

そんなことを私は強烈に思っていました

色の全くない灰色の世界で。

 

そんななかかけられた「ご自愛ください」。

違和感とともに、そんなご自愛する必要のある自分自身なんて1ミリもいないことにあらためて気づきました。

 

もうどうなってもいいと自暴自棄でした。

夜はお酒は浴びるように飲み、タバコを吸い続け、処方された薬は用法用量を守らず、身体を痛めつけるように走り、鍛え…。

 

そんな私に「ご自愛」など全く対極の位置にいました。

 

あなた自身の大切な体なのだから大事にいたわってください

あの人のぶんまで生きるためにも健康でいてください

世の中にはもっと苦しんでいる人がいるんだから元気に前を向いて頑張って生きて

あなたを思っている私がいるから、元気でいたてください

 

私が今のところざっと考えられる「ご自愛ください」に含めれている意味はこの程度です。

 

その人がそんな意味をこめて言っているのかはわかりません。

きっと人それぞれ千差万別の意味をこめているでしょう。

 

使うにしても、私なりの意味をしっかりこめて使いたいと思っています。

使うことはまずないと思いますが。

そして相手が使う場合は、時候の挨拶ていどにお決まり文句だと思い、深く受け止めないこととしています。

 

遺族の人では、私も過去はそうでしたが、恐ろしいほど言葉に敏感な場合があります。

それは当然仕方のないことです。

傷口が新鮮であればあるほど、グチュグチュで触ると痛いものです。

カサブタにならなければ見るだけで痛いのです。

 

言葉に敏感で、刃のない言葉でも刃として受け止めてしまうのです。

今となれば「自死」も「自殺」も私はどうでもいいです。

 

病気で死んだのだから、自らの意思とは違い追い込まれ正常な判断がつかなかったのだから「自ら殺した」のではなく、ある種の病気で死んだのだ。だから「自殺ではなく自死」。

私もそう声高に叫んでいたことがありましたが、今となってはどうでもいいです。

そんな言葉尻をとらえて話し合いたいことなど微塵もありません。

 

「障害者」も「障がい者」も「障碍者」もくだらなすぎです。

障害を抱えている人が障害者でありその人自身の存在が障害なのではありません。

総意味合いで言っている人がいれば、せめてその人に噛み付けばいいものの、「障害者」という言葉尻に噛みつき、不適切だなんて声高に叫んでいる人は、どうなんでしょうか。

 

話が逸れました。

「ご自愛ください」

あなたの体を大切にしてくだい、健康に気をつけてください

それだけのニュアンスで使うことが多い言葉で、きっと深い意味もないでしょうし、

深い意味をこめて使うこと人も少ないでしょう。

 

でも、私は使う場合も受ける場合も違います。

深く受け止めてない場合でも、一旦考えます。

使う場合も一旦考えます。

 

言葉って難しいですね。

難しいからこそ、深く味もあり、色んな思いをこめられます。

虹のような日本語。

使いこなせていないですが、味わい深く大好きです。

 

 

 

 

 

 

 

大切な後輩の自死

私は父以外にも、親しかった後輩も自死で亡くしました。

 

父の自死から2年後くらいでした。

私が部活に勧誘し、私のもとで育った後輩でした。

 

とても生意気で、態度もでかく、口の利き方も悪く。

しかし礼儀を守るべきところではしっかり守り、先輩を立てるときにはしっかり立て、裏表のないとても気持ちのいい後輩でした。

 

彼が自死したのは彼が卒業して4年後くらいでした。

派遣で働き、正社員になれるという約束のもと頑張っていたのに、その約束を反故にされ打ち拉がれ命を絶ったという話でした。

 

私が卒業してからも、後輩が卒業してからも、部のOB会で年に1回は顔をあわせお酒を酌み交わしていました。

そんな後輩から、そういった類の相談は一度もされたことがありませんでした。

 

学生時代は何でも話してくれ、主将であった私によく相談に来ていました。

 

そんな後輩の訃報。

そしてこれは部には公表せず、部内でも監督と数人の幹部しか知らせないというものでした。

 

向こうの親の要望もあったとのこと。

葬式も密葬だったので誰も行くことはできませんでした。

 

後輩の死は、何一つ実感のないまま、後輩がいないという状況だけが続いているのです。

部のOB会は相変わらず年1回あるので、どうしてあいつが来ていないのかと知らない部員は疑問を持ちます。

 

死んだことすら知らされていないのです。

全てを内密にし、彼の生き様自体を隠す。

 

最後には苦しみ、不覚だったかもしれない自死

しかしそれだけで彼の生きていた証が抹消されている。

それはともて苦痛です。

 

誰からも人気があり、彼は自身の後輩からもとても慕われていました。

誰もなにかを憚って口にしない。

 

思い出としても話せない。

人は思い出の中からも消えてしまったら、それが本当に死なのだと思います。

 

私は彼の話をしたい。

飲みながら昔話に花を咲かせ、とことん仲間たちと涙を流したい。

 

未だに彼の屈託のない笑顔が忘れられません。

 

 

悲しみは続〜くよ〜、ど〜こま〜で〜も〜♫

悲しみは消えません。

それは何年経っても消えることはありません。

 

とき薬なんてありません。

いえ、効くものと効かないものがあると言ったほうが正確かもしれません。

 

人は忘却する生き物だからこそ、生きていけるですが、忘却できないものも確かに存在します。

 

ただし痛みに耐えることに慣れることはあるのかもしれません。

あの日のことを思う浮かべると、また不意に襲ってくると未だに衝撃が強く、一気に不調街道まっしぐらですか、それも当初よりはだいぶ減ってきました。

 

それは悲しみが薄れたのではなく、痛みに疼いている自分が日常の中で当たり前になっているのです。

 

あの日から全ての感情は麻痺し、ただただ痛みや辛さにだけ敏感になっていましたが、時が過ぎていくうちに、感情の麻痺は取れてきます。

 

痛みや辛さは変わらないのですが、季節の移り変わりや日常のある意味での幸せを感じることはできるようになってくるのだと思います。

 

ただしふと幸せを感じた瞬間、猛烈な罪悪感にさいなまれることは多々あります。

罪悪感でなくても、幸せ感じたことで、それを共有したかったという願望が強く沸き起こり、結局悲しみの刃が研ぎ澄まされることもあります。

 

でもこの悲しみの深さこそが、この悲しみの継続こそが、あの人への想いの現れだとも思っています。

 

生きていて無駄なことなんてありません。

そして意味もなにもありません。

 

明日美味しいチョコが食べられたらいいな。

それだけで明日のことは十分です。